不動産取引において、「業者に騙された」「十分な説明がなかった」といった理由から、都道府県や国の監督行政庁に対して調査や処分を求めたにもかかわらず、まったく対応してもらえなかった、という経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
たしかに、宅地建物取引業法第72条第1項では、国土交通大臣および都道府県知事に対し、宅地建物取引業者の業務に必要な調査権限が与えられています。これには報告の聴取や立入検査、帳簿・書類などの検査も含まれており、同法第65条では「指示・業務停止」、第66条では「免許取消し」といった厳しい処分を課すことまでも認められています。
それにもかかわらず、実際には監督行政庁が積極的に動くことは稀です。これは、他の行政組織である警察や検察、国税局のように、強大な権限がないことも影響しています。
警察や国税当局の調査は、刑事訴追や脱税摘発などを目的とした強制力のある「犯罪捜査」に基づいています。一方、宅建業を所管する行政庁の調査は、あくまで「行政法規の適正な運用」を目的としており、犯罪捜査とは一線を画しています。実際、宅地建物取引業法第72条第5項では、「立入検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない」と明記されています。
このため、監督行政庁であっても独自に違法性を立証するような強制力を伴う調査はできず、動いてもらうためには「誰が見ても違法と分かる」明確な資料の提示が必要となります。具体的には、契約書や重要事項説明書などの書面に、「宅地建物取引業法」に関し、違反していることが客観的に判別できるものでなければなりません。
裏付けとなる証拠が不十分で、「言った・言わない」といった水掛け論に留まる場合には、監督行政庁であってもけっして動くことはありません。そのようなケースでは、まず民事訴訟により事実関係を明らかにしたうえで、判決理由から「宅地建物取引業法」違反が容易に導き出せることが大前提となります(なお、係争中に「行政処分の申立てをしない」ことを条件に、業者側からあなたにとって有利な和解案が提示されることもあります)。
このように、監督行政庁に対し、業者への処分を求めるには高いハードルが存在します。したがって、不動産取引においては、大きな後悔をしないよう、契約前の段階で専門家の意見を仰ぐなど、慎重な判断が求められることについて、十分留意してください。
【参考】宅建業者に対する監督処分・行政指導状況(令和5年度)
国土交通省が公表した「令和5年度 宅地建物取引業法施行状況調査」によると、同年度中に全国で宅地建物取引業者に対して行われた監督処分および行政指導は、以下のとおりです〔( )内は対前年度比〕。
<監督処分>
・免許取消:97件(+34件、54.0%増)
・業務停止:33件(-5件、13.2%減)
・指示 :37件(-1件、2.6%減)
合計:167件(+28件、20.1%増)
※10年前の平成26年度は249件
<行政指導>
・宅地建物取引業法第71条に基づき、文書によって行われた指導・助言・勧告
531件(+3件、0.6%増)
令和5年度末(令和6年3月末)時点での全国の宅地建物取引業者数は130,583業者(うち大臣免許:3,047業者、知事免許:127,536業者)です。
なお、各業者が有する支店や営業所等を含めた事業所数まで考えると、この数倍に上ると推定されます。
しかし、全体から見た監督処分および行政指導の実施件数は、意外にもかなり低い水準にとどまっていることが分かるかと思います。それだけ、行政を動かすことは大変である、ということです。